毎晩、泣きながら2016年の東京アイドルフェスティバルのsora tob sakana のライブ映像を、娘が嫁に行く前日の父親のような気分で見ている。
私は東京という名のゴミ溜めからひと粒の宝石をみつけたのだ。
その宝石が今、私の手のひらからこぼれ落ちようとしていた。
令和2年5月22日。私はこの日を生涯忘れることはないであろう。
sora tob sakana が解散発表した日である。一つの時代が終わりを告げた。
その日を境に私の世界から全ての色彩が消えた。あれからモノクロの世界をさまよい続けている。
テレビを眺めると、色鮮やかな制服を着た見たこともないアイドルがクイズ番組に出ている。
見たこともないと書いたが、実際には日向坂46の二期生の渡邉美穂と金村美玖と松田好香なのであるが、私はそれを思考の隅に追いやった。
彼女の言葉を思い出していたのだ。
「自分は人前に出るのが向いてないなと思う」
ふらプロいちのイノセントボイス。小林星蘭、谷花音の再来と言われた永遠の子役、寺口夏花の言葉だ。この言葉が心の奥に棘のように刺さっている。
事実上の引退宣言と言っていいだろう。
これを聞いた時、私は伝説のアイドルグループ、キャンディーズを思い出したものである。
キャンディーズとsora tob sakana の共通点は多い。
三人組アイドルグループ。人気絶頂での解散。
ランちゃんは「普通の女の子に戻りたい」と言い、寺口は「アイドルは向いてない」「整形したい」と言った。
しかし、キャンディーズとsora tob sakana では一つだけ大きな違いがある。
sora tob sakana はライブアイドルである。
キャンディーズや日向坂46のように地上波のテレビで活躍するアイドルとは根本的に異なるのだ。
寺口の前には、いつでも私達がいた。
スマイルガーデンでもアイドル横丁でも恵比寿クレアートでも、寺口の前にはいつも私達がいたのだ。
その私達の前に出るのが「向いてない」と彼女が言っているのである。
ライブに行けば最前の客は、いつも見たことがある顔が並んでいる。
つまり、寺口は私達オジサンの前で歌ったり踊ったりするのがNGだというのだ。
寺口は、もう私のような禿げジイの前では舞えないと言っているのである。
辛い。
この世界に禿げジイとして生まれ落ちたことが、ただただ辛い。
私の罪は重い。
私は、寺口の「自分は人前に出るのが向いてないなと思う」というこの言葉を墓場まで持って行かなければならないのだ。そして墓石にこの言葉を刻まなければならない。
しかし、埋葬される前にどうしても寺口の姿をひと目みたい。
寺口には辛い思いをさせてしまうかもしれないが、寺口夏花という希代のアイドルの最後の晴れ舞台を、出来れば最前で拝んでから埋葬されたい。
7月28日。ついに、sora tob sakana ラストワンマンライブ「untie」の詳細が発表された。
SS席 68,000円
・・・・・・・。
私はそっとスマホを机の上に置いた。
やはり、私みたいな禿げジイが最前に行くべきではない。寺口にこれ以上辛い思いをさせてはならない。
私は自宅から応援電波を送ることにした。
窓からは、カラスの鳴き声がだけが鳴り響いていた。
応援電波【おうえんでんぱ】
①現場に行けないヲタクがライブの成功などを祈って飛ばす電波。②飛ばしたところでこれといった効力はないが「応援してますよ」アピールにはなる。『アイドルとヲタク大研究読本イエッタイガー』参照