ある日、私の携帯に生駒ちゃんから一通のモバメが届いた。
「リヴァプールを経ちました。これからエヴェレストに挑戦します。へばな。」
2016年5月突如、乃木坂46は登山部を結成した。部員は以下の6名が立候補した。
生駒里奈 部長
星野みなみ
齋藤飛鳥
秋元真夏
寺田蘭世
渡辺みり愛
私は当時はまだこの乃木坂登山部が山ガールの延長のようなものであると思っていた。
リヴァプールを出てから、すでに三か月余りが過ぎている。
エヴェレスト選抜に選ばれたのは、生駒、星野、齋藤の3人であった。
齋藤飛鳥が選ばれた理由としては、彼女の母親はミャンマー出身であるため、その血を受け継いだ飛鳥は高度順応に早くから適応し登山部発足当初からエース級の活躍をしていた。
星野みなみは、体に脂肪をため込みやすい体質を持っていたため少ない食料でも活動が制限されなかった。
この当時になっても二期生は一期生の壁を超えることが出来ず寺田蘭世と渡辺みり愛はエヴェレスト選抜から漏れてしまった。
発表時に蘭世の歯を食いしばって泣くのを我慢する表情を今でも思い出す。
秋元真夏は『Qさま!!』の収録があるとのことなので登頂を辞退していた。
昨日、第六キャンプからポーターの手によって、第五キャンプの自分あてに届けられた生駒からの手紙を飛鳥は思い出していた。
手紙によれば、生駒は、第六キャンプまで、酸素を90気圧使用している。これは、第四キャンプから第六キャンプまで二日間で、酸素シリンダー1本分の、およそ四分の三の酸素を、生駒が使ったことになる。
生駒は、酸素の効果を信じている。
しかし、飛鳥には、酸素の効果に疑問があった。一度、使用してみたが、使用しないのといくらもかわりは無かったからだ。いくらか楽にはなるとしても、その分、重いシリンダーを背負わねばならなくなるので、その効果は相殺されてしまう。むしろ、余分なものが背にあるだけ、かえって邪魔になるのではないか。
私ならこの高度でも酸素無しで順応できる。
生駒が山頂にアタックするというのは、スポンサーからの強い要望である。飛鳥としても部長の生駒が山頂にアタックするのが当然であると思っていた。
しかし、生駒がパートナーに選んだのみなみであった。
みなみをパートナーに選んだ理由のひとつには、みなみが酸素呼吸器の扱いに長けていたからである。
生駒が、酸素を使うとを決めた以上、パートナーは、みなみが一番ふさわしいことは分かっていた。
しかし、生駒が今でもデビュー当時の生生星の思い出を引きづっていたのではないかと飛鳥は思ってしまう。
ふと、山頂でみなみが美味しそうにパンを食べる姿が浮かんで来たので急いでかき消す。
サポートに徹することが、飛鳥の役目なのだ。
ともかく、遅くならないうちに、第六キャンプまでは行っておかねばらなない。
飛鳥は、100フィート近くある岩をよじ登り、その上に立った。
その時、突然、頭上を覆っていた雲の一角が割れて、青い空がそこに覗いたのである。みるみるうちに、青い空が広がってゆき、エヴェレストの頂が、まばゆいその姿を現したのだ。
奇跡のようであった。
飛鳥は動くのも忘れて、夢のようなその光景を見つめていた。
ふいに、熱い温度を持ったものが、自分の内部をこみあげてくるのを、感じていた。
紅白の舞台でセンターで歌った時にもこんな感情にはならなかった。
大観衆の東京ガールズコレクションのランウェイを歩いた時とも違う。
これほどうるおいに満ちた感情が、まだ自分の内部にあったのかと思った。
苦しいような、切ないような、得体の知れない感情。
やはりこの地球にただ一つしかない場所、世界の最高峰の頂を、飛鳥は自分の足で踏みたかったのである。
<参考文献>
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